6時半起床、さほどの積雪ではなかったのですが、久しぶりに機械を出して除雪作業、40分ほどで終了。体を動かした後は、いつもの納豆朝食をゆっくり頂きました。
8時30分、南平田コミュニティセンター駐車場で、飛鳥地区に残る伝統行事「道祖神祭」の準備で小屋の建て方に手伝い。次の日程のため9時過ぎに中座。
10時、酒田本港飛島丸発着所の横に完成した、酒田みなと市場オープン式典に出席。震えるほど冷たい北風と雪の中、それでもテントの中だったので一般の市民の皆様には、申し訳なかったと思います。30分程度のセレモニーでしたが、体の芯から冷え切ってしまいました。みなと市場は、テナントが9軒入る対面式を売りにした店舗です。観光客にはお土産スポットとして、市民の皆様には台所としてご愛顧頂ければと思います。是非、一度お運び下さい。
11時前帰宅、どうにも冷え切った体が回復しないので、お風呂に浸かることにしました。30分ほどゆっくり浸かり、十分温まりようやく回復。風呂上りは厚い牛乳をたっぷり飲んで、中からも温めました。
13時20分、女房殿と一緒に松山民俗芸能伝承館にて、松山大寒能を鑑賞させて頂きました。江戸時代から松山城主が楽しんだ歴史ある松山能。地域住民の皆様の手で、継承され続けることは、本当に地域の誇りだと思います。本日の演目は、狂言附子(ぶす)、能敦盛(あつもり)でした。どちらもこの世界では有名な演目です。
◆狂言附子は、主人が遠くに出かけるので、二人の奉公人に留守番を命じる。特に附 子という猛毒が入った瓶を見張るようにといわれるが、二人は我慢ならず瓶を除いてしまう。すると中身は甘い黒砂糖で、全部食べてしまう。その言い訳に主人が大切にしている、掛け軸を破りと茶碗を割る。そのことを悔やんで死ぬために瓶の中の猛毒の附子をなめたが死ななかった、と言う話しです。私は何度か見ているのですが、何度見ても笑える狂言です。
◆能敦盛は、一の谷の合戦で敦盛を手にかけた源氏の熊谷次郎直実という武将が、その後敦盛の死を悼み、菩提を弔うために蓮生と名乗る僧となり、一の谷を訪れる。そこに手にかけた平敦盛の亡霊が出てきて舞を舞う。そして、敦盛の亡霊に合掌する。この演目もテレビなどで何度か見ているのですが、知っている方々が一生懸命演じている姿に、違った感動を覚えながら拝見しました。
18時、産業会館大ホールにて開催のJP労組(民営化された郵便局の労働組合です)酒田支部新春旗開きに出席。100名を越える組合員の皆様に来賓挨拶を述べさせて頂きました。少し遅れて会場入りの和嶋未希衆議院議員の後でした。出来るだけ短くと心がけたつもりですが、4分ぐらいはしゃべってしまったかも知れません。民主党の「政治は生活」とする最大のスローガンは、小沢イズムから誕生したことを仁徳天皇のエピソードから、お伝えしたところです。19時過ぎに乾杯後、ほぼ全員の方にお酌を申し上げながら、昨年の選挙でのご支援に改めて御礼をお伝え致しました。





