9時20分自宅出発。ほぼ毎日通る旧酒田市内までの通い慣れた風景に、あれっと驚いた。最近、土木工事の初期段階でよく見る、杭打機械が何本もセットされ、活気があふれているような光景・・・・・
危機的経済・雇用状況と叫ばれる今日の日本社会の中で、過去の経済・雇用対策の起爆剤としての公共事業は、確かに無駄ではなかったと、私も認識します。しかし、現状の社会の中で、旧態依然とした公共土木工事がどれほどの効果を生み出すのか、その効果を綿密に計算されているのかどうか、少し不安と疑問を感じてしまいます。私の通う県道酒田松山線沿いで、進められている道路工事はご承知の高規格道路新庄酒田道路であります。数年前に地盤を安定させる盛土(プレロード)工事が目に入るようになった頃、高校を卒業して都会の大学に進学する若者や、地元で頑張る子育て中の若者たちから「なぜまた道路工事なのか」「なぜ人口減少社会の中で、確実に車の通行台数が減少になることがわかっている今、高規格道路なのか」などの、疑問を投げかけられたことがあります。その時、私は彼らに明確な返答が出来なかったことを思い出します。
確かに必要な道路はあります。しかし、無くても何とかなる道路や橋について、その必要性を「ゼロベース」で議論された経過はあるのだろうか。例えば、この新庄酒田高規格道路の計画は、いつの交通量がベースになった計画なのか。恥ずかしながら私はその情報を持っていません。恐らく少なくても十数年というスパンの話しなのであろうと想像することは不自然ではないと思う。最近、宮城県に進出するトヨタ系の巨大工場から生産される自動車の大陸向け輸出港の選定が、関係県、関係地域でにわかに話題になっていることはご承知のとおり。例えば仮に、このために緊急性が高いという理論付けで、必要性を説明するならば、それは後付の理論であって、本来の計画の整合性についての説明とはいえないだろうと考える。ましてや、後付理論に正当性を求めるならば、当面余目酒田間の完成を目指す程度の投資では、何のインパクトにもなり得ないと言わざるを得ないのではないか。事業の正否はともかく、酒田港利用促進に多大な効果を見出し、取り分け差し迫ったトヨタ系の輸出自動車の輸送路確保を目指すならば、一気に全線着手くらいの大きな決断が無ければ、現状の秋田路線に肩を並べる可能性がどの程度あるのか、極めて消極的予想をしてしまうのは、私だけでしょうか。
たまたま目にした光景を話題に、私の勝手な思いを書いたに過ぎないけれど、実はこうした日常にこそ、政治が限りなく生活に密着したものであるかが、伺えるのだと思う。持続可能な地域がつくられることが、いかに政治の先見性によるものか、子供たちや孫たちの時代が、豊かな時代なのか、不幸な時代なのかは、間違いなく現在の私たちの先見性にかかっていることだけは間違いないことだと、私は認識するところであります。
そして、話しが飛んでしまうかもしれないのだけれど、この高規格道路建設に、八幡地域八森自然公園内のオオタカ営巣地としての普遍的環境価値を有し、希少種ギフチョウが舞う里山を、スッポリ削り17万㎥もの土砂を運ぶことに、正当な理由などあるのだろうか。にわかに私たちの地域に賛否両論の激論をかもし出しているこの話題も、面白おかしく「環境か経済効果か」と言う短絡的な議論にしてしまいがちだが、次の世代が生きる社会が、どのような社会であるべきかを、冷静に、先見性高い、議論の中から見出す努力を、今怠るならば、第二の矢ッ場ダムを残すことに繋がるかも知れない、その責任を私たちは認識すべきではないか。
10時、議会改革特命委員会に出席。本日より本格的な議論に入ったところです。スタートは、議会基本条例制定に向け必要な、委員会条例改正や委員会傍聴規定制定について、前任期中の議会基本条例起草委員会から引き継いだ「案」の再検討から始まりました。委員は起草委員会時と全く同一のメンバーですが、以前相当の議論を交わした「案」にも関わらず、侃々諤々の様相を呈し、委員長の思惑とはかけ離れた2時間にも及ぶ議論となったが、結局、結論に至らず、次回へ持ち越しとなりました。議論とは、尽きないものだと、つくづく思ってしまいました。

