特別支援学校開校記念・小野市議・東京へ

10時、酒田特別支援学校開校記念式典に出席。本来であれば4月の開校にあわせての記念式典が予定されていましたが、3・11東日本大震災発生でのびのびになっていたものです。これまでは鶴岡養護学校などまで通学していた子供たちが、酒田市内に解説されたことで、より安心して学校生活が送れるものと思います。相馬周一郎県教育長、半澤豊校長先生、県議会議長代理、酒田市長、PTA会長とご挨拶が続きました。

相馬山形県教育長開校に当たって式辞述べる
相馬山形県教育長開校に当たって式辞述べる

 

酒田木遣り保存会祝いの歌披露
酒田木遣り保存会祝いの歌披露

 

ロータリークラブの皆さんがお祝いの太鼓を披露
ロータリークラブの皆さんがお祝いの太鼓を披露

 

15時半、山形に向け移動。18時半、大手門パルズにて開催の小野仁山形市議会議員の事務局研修会に出席。市川昭男山形市長が来賓挨拶を述べられました。懇親会の始めに私から乾杯の発声を申し上げました。小野市議の益々のご活躍、市川市長の必勝を祈念しての乾杯とさせて頂きました。

19時半過ぎ、中座させていただきまして、女房殿と二人自家用車にて東京に向け出発。仮眠をとる時間を24時頃目処に、のんびりと走れる所まで走ることにしました。山形道から東北道に出ると、車の量がとんでもない状況でした。特に大型トラックが多く驚いてしまいました。車での東京行きは良くする方なのですが、こんなにトラックが多いのは、震災の影響なのでしょうか。また、あちこちで事故に遭遇しながら安全運転第一でゆっくり走りましたが、目標の24時には程遠い、23時前安達太良サービスエリアにて仮眠に入りました。

朝ズバ・代表選・市議会懇談・支援者懇談・ビアパーティ

7時半過ぎ、昨日電話取材を受けたTBS朝ズバに顔写真と電話録音でしたが出演してしまいました。直後、東京の和嶋未希衆議院議員から電話があり「今朝ズバに出ていましたね、どうしたのですか?」経緯をご説明申し上げるのに一苦労でした。実は、一昨日読売新聞から電話取材を受けたのですが、代表選に対する考えをお応えしたら、昨日の読売新聞全国版社会面に記事として取上げられ、それを見た朝ズバ担当ディレクターが電話取材させてくれと言うことだったのです。県連幹事長には事前にお話ししていましたが、会長までは話していませんでした。大変お騒がせ致しました。8時には山形へ向け移動開始。

10時半、山形市霞城セントラル2階にあるパスポートセンターにて、パスポートの申込手続きをしました。早いもので来週の月曜日には出来ると言うことでした。

11時、ホテルキャッスルにて開催の「鹿野道彦候補必勝、民主党代表選を見守る会」に出席。100名を越す支援者の皆様、山形市長を始めとする多くの関係者が最終演説、投票と緊張しながら見守りました。鹿野候補の演説は、まさに安定感と深い深い心の演説でした。本当に感動的な一言一言に感謝でした。結果は、残念ながら4位ではありましたが、我が山形県から時の総理候補として堂々たる闘いに挑まれたことは、私たちの誇りであり、被災地の方々への暖かいメッセージだと信じます。14時前には、酒田へ向け異同開始。

17時半、酒田市議会駅前開発特別委員会と地元県議会議員との懇談会に出席。本日高橋副知事への要望会での報告など、今後の酒田駅周辺開発に関する意見交換をさせて頂きました。次の予定のため18時中座。

18時15分、支援者からお話しをお伺いする会に出席。行政全般に関する様々な要望や意見をお聞きしました。次の予定のため18時50分中座。

19時15分、ベルナールにて開催の「さくら福祉会納涼ビアパーティ」に出席。150名ほどの職員の皆様に、高齢者福祉に対します日頃のご尽力と、私に賜わりますご指導、ご支援に心より感謝と御礼のご挨拶を述べさせて頂きました。21時半、慌ただしい一日がようやく終了となり帰宅。

被災地ボランティア

7時、民主党山形県連事務所前から、マイクロバスにて自治体議員、国会議員秘書、県連事務局など総勢16人で宮城県東松島市に向け出発。2時間弱で到着、現地で山形大学人文学部震災復興支援ボランティアグループの皆様方と合流。横沼地区公民館(津波で床上浸水被害にあった建物)の清掃作業に参加。仮置き畳をはがして徹底的に掃いて、除菌水で拭いて、を繰り返す作業でしたが、暑さも厳しく中々体力のいる作業でした。途中、休憩の時はアイスクリームの差し入れを頂いてみんな大喜びでした。お昼まで2時間半ほどの作業で全身汗びっしょりでした。昼食は贅沢にも冷房の効いたマイクロバスの中で、おにぎり2個を頂きました。

東松島市横沼地区公民館の清掃ボランティア
東松島市横沼地区公民館の清掃ボランティア

 

仮置き畳も改めて除菌水で前面拭き掃除
仮置き畳も改めて除菌水で前面拭き掃除

 

山形大学村松真准教授から、見た目には余り気になるほど汚れは見えないけれど、測定器具を使って測ると、通常500から1000程度のばい菌が、10000~20000になっているとの話しをお聞きし、皆気合を入れての作業でした。

午後は物置で津波に浸かった選挙用記載台の水洗いです
午後は物置で津波に浸かった選挙用記載台の水洗いです

 

作業終了で「お疲れ様でした」の写真撮影
作業終了で「お疲れ様でした」の写真撮影

 

作業終了後は、近くの仮設住宅地の集会所で開催の山形大学村松先生のご講演を30分ほど、被災者の方々と一緒にお聞きいたしました。 とにかく前を向いて元気を出して頑張りましょうと、力強く呼びかけられました。その後、帰路の車内は、し~んと静かに17時半山形に着きました。そこからさらに2時間、20時半ようやく自宅に到着。お風呂に入ってバタンキュー。

上京・党本部世話人会・山形へ移動

9時10分庄内空港発にて羽田へ移動。東京は暑いが第一声。今日は何時になく汗が吹き出てくる東京の暑さを恨んでいます。

11時過ぎ、まずは舟山康江参議院議員事務所にご挨拶させて頂きました。庄内空港の売店に「だだちゃ豆」を見つけたのでお土産にしました。たまたま舟山参議院議員が会議から戻られたところにタイミングよくお邪魔したので、予定外のお話しが出来ました。相変わらずとても元気でした。

11時半過ぎ、予定より大幅遅刻で和嶋未希衆議院議員事務所。打合せの予定でしたが、和嶋代議士も私も13時から会議が始まるので、何はともあれ昼食をご一緒させていただきながら、打合せと言うことになりました。原発事故の風評被害、あるいは牛肉等の放射線問題の地元企業のヒアリングについてご報告などをさせて頂きました。

民主党組織委員長横光克彦衆議院議員あいさつ
民主党組織委員長横光克彦衆議院議員あいさつ

 

13時、民主党本部5回会議室にて開催の「全国自治体議員フォーラム世話人会」に代理出席。先日の県連常任幹事会で全国フォーラム世話人は、阿部総務会長担当に決まったところですが、県議会公務にて渡米中で私が代理を務めた次第です。今日は、全国フォーラム開催の具体的内容について詰めの議論が行なわれました。一つ気になるのが、全国の地方自治体議員フォーラムが、民主党政権を問い詰めるためのフォーラムになりはしないかということ。総括は大切です、しかしそれは党大会での議論であるはずです。全国自治体議員フォーラムは目的が、民主党の地方自治体議員の裾野の拡大、そして自治体議員の資質向上のはずだと、私は理解しているところです。15時半過ぎ終了。

17時8分、東京駅から東北・山形新幹線に乗車で山形市へ移動。福島県内通過中は車窓から原発のある東の方を見続けていました。19時55分山形駅到着。宿泊のホテルに直行。既に山形入りしている関井酒田市議と夕食となりました。

事務整理・県連役員会・常任幹事会・花火大会

8時、昨夜の花笠パレードの疲れを引きずりながら、ホテルでゆっくりの起床で、ゆっくりの朝食を頂きました。

10時、土曜日で休日でしたが、議事堂執務室にて文書作成など事務整理をこなしました。冷房の入っていない執務室は、誠に暑く汗が止めどなく流れるのをタオルで拭きながら、パソコンを打っていました。

12時、大手門パルズにて開催の民主党山形県連役員会に出席。6月の定期大会以降、初めての役員会でした。途中から農林水産大臣就任後、恐らく初めてだと思いますが、鹿野道彦農林水産大臣が出席下さいました。

超過劇スケジュールの中にも拘らず鹿野道彦農林水産大臣が県連常任幹事会に出席
超過劇スケジュールの中にも関わらず鹿野道彦農林水産大臣が県連常任幹事会に出席

13時、同常任幹事会に出席。和嶋未希県連会長、鹿野道彦農林水産大臣、舟山康江参議院議員からそれぞれ国政報告を含むご挨拶。2ヶ月余りの間の報告事項が盛りだくさん報告された後、市町村議会議員選挙公認推薦等を含む協議となりました。終了後は、舟山会長代行、吉村幹事長と共に記者会見に臨みました。14時半過ぎ終了。

18時、酒田花火大会で姉宅に集合し、暑い庭先でバーベーキューとビールをご馳走になり腹ごしらえの後は、我が家のひ孫君たちと最上川の土手に繰り出し、花火を楽しませて頂きました。心身ともにリラックス、真夏の夜風がとても心地よく、花火も一段と美しい素敵な夜でした。

国交大臣政務官市村衆議院議員酒田港視察

日本海側拠点港選定に向けての現地視察が、3月11日の震災発生以降延び延びになっていたのですが、ようやく最後まで残っていた酒田港に、市村浩一郎国土交通大臣政務官がお出でになりました。北港展望台から酒田港全体を視察され、ホテルリッチに移動の後は、吉村県知事、和嶋未希衆議院議員、酒田市長などと意見交換されました。

市村政務官のコメントは、私達酒田港に未来をかける者にとっては、とても勇気付けられる「酒田港は伸びしろがある」と表現下さいました。残された期間、一丸となって頑張るしかありません。私も意見交換終了後のぶら下がり記者会見の後、先日東京での要請活動の時の御礼と、酒田にお越し下さった御礼を申し上げさせて頂きました。

日本海側拠点港選定現地視察で市村国交大臣政務官来酒
日本海側拠点港選定現地視察で市村国交大臣政務官来酒